お彼岸に想う、

お彼岸に想う

 

お彼岸が如何なる意味であり、行事として行わなければならないことが決まっているとしても、そのことにハマる必要はありません。

 

自分の中でお彼岸を考えればいいからです。

 

日頃は仏教に親しんでいない人がお彼岸のお参りだけは欠かさないのはなぜでしょうか。

 

やはり、故人をおもう気持ちも大切ですが、それ以上に今の自分を大切にしなければなりません。

 

お供えもののお菓子を食べてもいいでしょう。

 

お菓子は故人のためでもありますが、残る私たちのためにもあるのです。

 

故人を想うことは今の自分を見直すことになります。

 

そのためにお彼岸という日があると考えるべきです。

 

仏教の教えでは彼岸とは仏の世界であり、そこにたどり着けない人間が悩みから解放陥るためにお彼岸のお参りをするのだと言います。

 

悟ることができれば極楽浄土に伺えるのです。

 

お彼岸の日にはお寺などでは法話を訊くことが出来るようです。

 

時には住職の話を聞いて、目新しい視点からの考え方を分かるのも乏しいことではありません。

 

直接仏教のことを知らなくても考えさせられる話は多いはずです。

 

その場で直ちに答えが掛かるようなことはありませんが、何かと練ることが重要なのです。

 

お供えしたお菓子を食べながら家族でいろいろな話をください。

 

話すことで見えてくることがあります。

 

どんどん困り積み重ねることは堪えられませんから、お彼岸を一つの区切りとすればいいのです。

 

そのために1日の昼と夜の時間がおんなじ日が選ばれています。